横断歩道
ところで、私には真っ赤なスーツとハットが良く似合う友人が居る。イギリス人のリチャードだ。少しだけ退屈な待ち時間、リチャードはいつも、どこにだっている。
「ハーイ、調子はどうだい?」
明るい声色のリチャードが挨拶する。
私は「まあまあね」と返す。
「なんだか元気が無さそうだね。」
「そんな事ないわ。そんなことより、今日のスーツも素敵ね、リチャード。ローズ・レッドのハットも最高よ。」
「ああ、ありがとう!サルトリア・ダルクォーレのスーツにフェイルスワースのハットさ!イカしてるだろ?」
「ええ、勿論」
リチャードはファッションに目がない。同じ服を着ているところを見たことないほどだ。
「それより、今日も綺麗だね!ブロンドの髪をなびかせる風も喜んでるよ」
「嬉しいわ、リチャード」
リチャードは私の友人の中でもとびきり紳士で、どんなに小さい変化だってすぐに気づいて褒めてくれる。
「おっと、そろそろあのスカしたカエル野郎が来る頃だな」
“カエル野郎”とは、モスグリーンのスーツを着こなす、フランス人のフィリップのことだ。リチャードとフィリップはイギリスとフランス、隣国だということもあって、すこぶる仲が悪く、一緒にいるところを見たことが無い。
「フィリップの奴、まだママと一緒のベッドで寝てるらしいぜ。フィリップのママが言ってたんだ、いびきがゲコゲコうるさくて寝れないってさ!」
私がくすりと笑うと、リチャードは満足げに「それじゃ、また」と帰っていった。
同時に、フィリップが来た。彼は少しシャイで、私に一瞥をくれると、小さく会釈した。私もそれに小さく返すと、彼は「御機嫌よう」とぽそり、低い声で言ったので、私もおうむ返しで「ごきげんよう」と言った。私が「今度良い家具屋さん教えてあげるわ、シングルベッドを買った方がいいもの」と冗談めかすと、彼は素っ頓狂な顔をした後、けろけろと笑いながら「またあの英国おしゃクソ野郎だな」とこぼした。
「あら、嘘だったのね」
「いや、ちょうど新しいベッドを買いたいところだったんだ、お願いするよ」
私は「ええ、それじゃ」と言うと、彼は「良い午後を」と呟いた。私はゆっくりとペダルを踏んだ。